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About Meditation? 思考をどのように扱ったらよいのでしょうか?

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 あなたの思考は、あることを理解しなければならない――あなたがそれに興味を持っていない、ということを。 これを認めさせる瞬間、あなたは途方もない勝利を達成する。思考に何も言ってはならないし、判定も、非難もしてはならない。立ち去るようにと言ってもいけない。何であれ、それがしていることをやらせなさい。どんな体操でもやらせるがいい。あなたはただ見守り、楽しむ。それはただの美しいフィルムだ。そして、あなたは驚くだろう――ただ見守ることで、そこに思考はなく、見守るものが何ひとつない瞬間がやって来る。

 これが、無、虚空と、私が呼びつづけている扉だ。
 この扉から、あなたの真実の存在、マスターが現れる。
 そして、そのマスターは絶対に肯定的だ――彼の手においては、すべてが金に変わる。もしアルバート・アインシュタインが瞑想者だったなら、その同じマインドは、広島と長崎を破壊するのではなく、全人類の生活水準を向上させる原子力エネルギーをもたらしたことだろう。瞑想がないなら、マインドは否定的だ。それは死に奉仕することになる。瞑想とともにあれば、マスターがそこにいる。そして、マスターは絶対的な肯定性だ。その手においては、同じマインド、同じエネルギーが、創造的、建設的になり、生を肯定するものになる。

 だからあなたは、直接的にはマインドにどうすることもできない。少し回り道をしなくてはならないだろう――最初に、マスターを内に連れて来るがいい。何世紀もの間、マスターは不在で、召使が自分はマスターだと思い続けて来た。ただ、マスターに来させなさい。すると召使は直ちに理解する。ただマスターの臨在だけで、召使は彼の足にひれ伏し、どんな命令にも、マスターがしてほしいと望むどんなことに対しても待機する――彼には準備が整う。

 マインドは途方もなく強力な道具だ。いかなるコンピューターでも、人のマインドほど強力ではない――強力にはなり得ない。なぜならそれは、人のマインドによってつくられるからだ。それほど強力になれるものは、ひとつもない。すべてが、人のマインドによってつくられるものだからだ。ひとりの人間のマインドが、すばらしく途方もない許容能力を持つ――小さな頭蓋骨の中の、そんなにも小さな脳が、地球上のすべての図書館にある、あらゆる情報を収めることができる。そしてその情報量は少なくはない。

 たったひとつの図書館、大英図書館にさえ、もしそれらの本を一列に並べたら地球を3周するほどのたくさんの本がある。そしてもっと大きな図書館がモスクワにあるし、同じような図書館がハーバード大学にもある――世界中のすべての大きな大学には、似たような図書館がある。しかし、ひとりの人間のマインドが、これらすべての図書館のあらゆる情報を収めることができる。それほどまでに小さなスペースに入る人間のマインドに匹敵する、コンピューターをつくるのは不可能だと、科学者たちは同意している。

 しかし、人類への計り知れないこの贈り物の結果は、有益ではなかった。なぜならマスターが不在で、召使が牛耳っているからだ。その結果が戦争、暴力、殺人、強姦だ。人類は悪夢の中で生きている。そして、脱け出す唯一の道は、マスターを内側に連れて来ることだ。彼はそこにいる。あなたはただ、つかまえなければならない。そして注意深くあることが鍵だ――ただマインドを見守りなさい。思考が何もないとき、あなたは直ちに自分自身を見ることができる。マインドとしてではなく、それを超えた何か、マインドを超越した何かとして。

 そして、ひとたびあなたが超越したものに調和したなら、そのときマインドはあなたの手の内にある。それは、途方もなく創造的になれる。それは、まさにこの地球を楽園にすることができる。雲の上にあるどんな楽園も、探す必要はない。まさに、どんな地獄も探す必要がないように――なぜなら、我われはすでに地獄をつくってしまったからだ。私たちは、そこに住んでいる。


Osho: The Osho Upanishad, #4

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