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OSHO Times Emotional Ecology 魔法の法則 (パート 2)

魔法の法則 (パート 2)

 最も奥深い生命の法則のひとつを教えてあげよう。あなたは一度もそんなことを考  えたことがないかもしれない。あなたは聞いている、原因と結果が基本だ、科学全体がそれに立脚している、と。あなたが原  因をつくると、結果がついてくる。生命は原因と結果のつながりだ。土に種を埋めると、それは発芽する。原因がそこにあれば、木が生えてくる。火がそこにある――そこに手を突っこむと、手は火傷する。原因があると結果がついてくる。毒を飲むと死んでしまう。原因を用意すると、結果がついてくる。

 これは最も基本的な科学法則のひとつだ、原因と結果は生命のすべてのプロセスを最も奥深いところでつなぐものだ。宗教はこれよりもっと深い第二の法則を知っている。だが、これよりもっと深い第二の法則は、あなたがそれを知らず、それを試したことがなければ、不合理なものに見えるだろう。

 宗教は言う――結果をつくりだせ、そうすれば原因がついてくる、と。これは科学的な表現としてはまったくもって不合理だ。科学は言う――原因がそこにあれば、結果がついてくる。宗教はその反対も真実だと言う――結果をつくりだし、そして見ていなさい――原因がついてくる。

 あなたが幸せになる状況がある。友人がやってきた、恋人が訪問した。状況が原因となる――あなたは幸せになる。幸福はその結果だ。恋人が訪問したことが原因だ。宗教は言う――幸せにしていなさい、すると恋人がやってくる、と。結果をつくりだすと、原因がついてくる。

 これは私自身の経験だが、第二の法則は第一のものよりもっと基本的だ。私はそれをやってきたし、それが起こっている。ただ幸せにしている――恋人がやってくる。ただ幸せにしている――友人がそこにいる。ただ幸せにしている――あらゆることがついてくる。

 イエスは同じことを別の言葉で言っている――最初に神の王国を求めなさい、すると他のすべてがついてくる、と。だが、神の王国は目的、結果だ。最初に目的を求めなさい――この目的とは結果、成り行きのことだ――すると原因がついてくる。これはそういうものなのだ。

 あなたが土に種を埋めたら、木が生えてくる、というだけではない。そこに木があるなら、そこには何百万という種子がある。原因が結果へとつながるなら、結果は再び原因へとつながる。これは鎖のようにつながっている! そしてそれは輪になる――どこから始めてもいい、原因をつくってもいいし、結果をつくってもいい。

 私はあなたに言いたい、結果はあなたしだいだから、結果をつくるほうが簡単だ、と。原因はそんなに自由にならないかもしれない。ある友人がそこにいたときだけ、私は幸せになれる、と私が言うのなら、それはその友人、彼がそこにいるかいないかにかかっている。これこれの財産を手に入れるまで、私は幸せにはなれない、と私が言うのなら、それは全世界や経済状況やあらゆることにかかっている。それは実現しないかもしれない、そのとき私は幸せにはなれない。

 原因は私を超えている。結果は私の範囲内にある。原因は周辺に、状況にある――原因は外側にある。結果は私だ! 私が結果をつくりだせれば、原因はついてくる。

 幸せを選びなさい――つまりあなたは結果を選んでいるということだ――そしてなにが起こるのか見ていなさい。歓喜を選び、なにが起こるのか見ていなさい。至福に満ちていることを選び、なにが起こるのか見ていなさい。あなたの全人生がただちに変わり、あなたの周囲で奇跡が起こっているのを見るだろう……なぜなら、今やあなたは結果をつくったので、原因がついてくるしかないからだ。

 これは魔法のように見えるだろう。あなたはそれを「魔法の法則」とすら呼ぶかもしれない。最初のものが科学の法則で、第二のものが魔法の法則だ。宗教は魔法だ、あなたは魔法使いになれる。私はそれをあなた方に教える――魔法使いになること、魔法の秘密を知ることを。

 やってみなさい! あなたは一生、もう一方のほうをやってきた――この人生だけでなく、他の多くの人生でも。今度は私の言うことを聞いてみなさい! この魔法の方式を試してみなさい、このあなた方に与えるマントラ(真言)を。結果をつくって、なにが起こるのか見ていなさい。原因がすぐにあなたの周囲を取り巻いて、原因がついてくる。結果を待っていてはいけない。あなたはもう十分に待った。幸福を選ぶなら、あなたは幸せになるだろう。

 なにが問題なのだろう? どうしてあなたは選べないのだろう? どうしてこの法則を実行できないのだろう? それというのも、あなたの心が、心全体が、科学的な思考法で訓練されてきたために、言うからだ。幸せでないのに幸せでいようとしたら、その幸せは作り物ではないのか、と。幸せでもないのに幸せでいようとするのは、たんなる演技であり、それは本物ではないのではないか。これが科学的な思考法の言い分だ、それは本物ではないのではないか、たんに演じているにすぎないのではないか。

 だが、あなたは知らない――生命エネルギーは独自のやり方で働く。あなたが本気で演じることができれば、それは本物になるだろう。ただひとつ、演技者がそこにいてはならない。全面的にそのなかに入りなさい、そうすれば違いはなくなる。中途半端に演じたら、それは作り物のままだろう。

 私があなたたちに踊り、歌い、至福に満ちなさいと言っても、あなたが中途半端にしかやらなければ、試してみるだけで、自分は後ろに控えていたら……そして考えつづけるなら、これはただの作り物だ。やっているのに、それはやってこない、それは自然に生まれてくるものではない、と――そうしたら、それは演技にとどまり、時間のむだだ。

 やってみるなら、全身全霊をこめてやりなさい。後ろに控えていないで、そのなかに入り、演技になりきる――演技者を演技のなかに溶け込ませ、そしてなにが起こるのかを見ている。それは本物になり、あなたはそれを自然なものと感じるだろう。あなたがそれをやったのではない。あなたはそこで気がつく、それは起こったのだ。だが、あなたがトータルにならないかぎり、これは起こらない。結果をつくりだしなさい、そのなかに完全に入り込みなさい、その結果を目にし、確認しなさい。

 私はあなたを王国がなくても王様にすることができる。あなたはただ王様のように振る舞うだけでいい、それもあなたの前では本物の王様ですら演技をしているように見えるほどトータルに振る舞うことだ。そして全エネルギーがそのなかに入ってしまうと、それは本物になる! エネルギーはどんなものでも本物にする。神の王国を待っていても、それはけっしてやってこない。

 ナポレオンにすら、アレクサンダーにすら、大きな王国を持っていたのに、それはけっしてやってこなかった。彼らは惨めなままだった。それは彼らが第二の、より基本的で根源的な生命の法則を理解することができなかったからだ。アレクサンダーはもっと大きな王国をつくり、もっと大きな王様になろうとした。彼の全人生は王国をつくるために費やされ、彼には王様でいる時間が残されていなかった。彼は王国が完成する前に死んだ。

 これが多くの人に起こった。王国はけっして完成しない。世界は無限だ。あなたの王国はいつまでたっても部分的なものにとどまる。王国が部分的なのに、どうして全面的な王様になることができるだろうか? あなたの王国は限定的なものであるしかない。王国が限定的だったら、あなたはどうやって帝王になることができるだろう? それは不可能だ。だが、あなたは帝王になることができる。ただ結果をつくりだせばいい。  今世紀の神秘家のひとり、スワミ・ラーマが、アメリカへ行った。彼はいつも自分をバードシャー・ラーマ、皇帝のラーマと呼んだ。しかも彼は乞食僧だった! 誰かが彼に言った――あなたはただの乞食僧なのに、いつも自分を皇帝と名乗っています。するとラーマは言った、――私の所有物を見るのではなく、私を見なさい。たしかに彼は正しかった、なぜなら、所有物を見たら、だれもが乞食だ……皇帝ですら。彼はもっと大きな乞食かもしれないが、それだけだ。ラーマが「私を見なさい!」と言った瞬間、ラーマは皇帝だった。あなたが見ても、皇帝がそこにいただろう。

 結果をつくりだし、皇帝になり、魔術師になりなさい……まさにこの瞬間から。というのも、待たなくてもいいからだ。王国が先に来なければならないのなら、人は待たなければならない。原因が先につくられねばならないのなら、人は待ちに待ちに待って、延期しつづけなければならない。結果をつくるために待たなくてもいい。あなたはこの瞬間に皇帝であることができる。

 私が「ありなさい!」と言ったら、たんに皇帝としてあり、そして見ていなさい――王国ついてくる……。私は自分の経験から、それを知っている。私はあなた方に理論や教義について話しているのではない。幸せでいなさい、するとその幸福の絶頂で、あなたは全世界が自分といっしょに幸せになっているのを見るだろう。

 古いことわざがある――笑うとき、世界もあなたといっしょに笑う。泣くとき、あなたはひとりで泣く。木々や、岩、砂、雲ですら……あなたが結果をつくりだし、歓喜に満ちていることができれば、彼らもみんなあなたといっしょに踊るだろう。そのとき、全実在がダンスに、祝祭になる。

 だが、それはあなたに、あなたが結果をつくりだせるかどうかにかかっている。そして私はあなたに言いたい、あなたはそれをつくりだすことができる、と。それはなによりもいちばん簡単なことだ。それがとても難しく見えるのは、あなたがまだそれを試したことがないからだ。とにかくやってみなさい!
 

Ohso, My Way: The Way of the White Clouds, #3 から引用。