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OSHO Times The Other: Myself 外側の恋愛関係にひっかかってしまわないように

外側の恋愛関係にひっかかってしまわないように

 Osho,たとえ自分と自分の恋人が、性エネルギーを精神的なものに変容することができるとしても、この関係はふたりを満足させないだろうというのは、あなたを正しく理解しているのでしょうか? 
 
 
 そうだ、それはふたりを満足させないだろう。実際には、あなたが今までに感じたこともないような、もっとも強い不満をあなたの内につくり出すだろう。というのも、それが、どれほど多くが可能であるか、あなたに気づかせるからだ。あなたはそのオーガズミックな合一の、その精神的変容の途方もない瞬間に気づく。だが、それはつかの間にすぎない。外側のものとでは、なにごとも永続することはできない。そして、その瞬間が過ぎてしまえば、頂はますます高く、谷はますます低く、あなたは暗闇深く落ちる。
 だが、あなたはひとつのことに気づく。もし男性と女性のエネルギーが時間を超えて出会うことができれば、そのときには永遠の満足があるだろうということに——。
 どうすればいいのか? この問いからタントラの全科学が生まれた。どのようにして? それは可能だ。それは外側の恋人とでは達せられない。外側の恋人なしにも達せられない。それも覚えておきなさい。というのは、最初の一瞥は外側の恋人からやってくるからだ。だが、それは一瞥にすぎない。しかし、それとともに、あなたの内側深くには両方のエネルギー——男性と女性——があるという新しい洞察がやってくる。
 
 人は両性をもっている——あらゆる男性も女性も。あなたの半分は男性で、半分は女性だ。もしあなたが女性なら、女性の部分が上にあり、男性の部分は陰に隠れている。そして、逆の場合も同じだ。ひとたびあなたがこのことに気づくようになったら、そのときには新しいワークが始まる。あなたの内側の女性と内側の男性は出会うことができる。そして、その出会いは絶対で、変わらぬものになりうる。頂から下りて戻ってくる必要はなくなる。だが、最初の洞察は外側からやってくる。
 これゆえに、タントラは内側のワークの一部として、外側の女性と外側の男性を使う。ひとたびあなたの内側にひとりの女性あるいは男性がいると気づいたら、そのときワークはまったく新しい質を帯び、新しい次元を進みはじめる。もはや出会いは内側で起こらなければならない。あなたの女性と男性が内側で出会うようにしなければならない。
 
 インドには、少なくとも5千年にわたってその概念がある。あなたはアルダナリシュワール——半分は男性、半分は女性——のシバの像を見たことがないかもしれない。それがすべての人の実存——内側の実存——の肖像だ。あなたはシバリンガを見たことがあるにちがいない。それは男性を象徴している。だが、シバリンガは女性の性器のなかに置かれている。それはひとりではない。それらはともにいる。それもまた、内側の二元性、内側の両極性を描いている。だが、両極は出会い、溶け合うことができる。
 外側のものとでは、溶け合うことはその瞬間だけのものだ。そして、あとにはひどい挫折感とひどいみじめさ——その瞬間が高ければ高いほど、それに続く暗闇は深い。だが、出会いは内側で起こりうる。
 
 最初に、頂が可能だということを学びなさい。次には、その頂を与えてくれた女性に感謝しなさい。その男性に感謝しなさい。タントラは女性を女神として、男性を神として崇拝する。誰であれ、あなたがこの洞察を得るのを助けてくれた女性は女神だ。誰であれ、あなたがこの洞察を得るのを助けてくれた男性は神だ。愛は神聖になる。なぜなら、それがあなたに神性なるものの最初のいくつかの一瞥を与えるからだ。それから、内側のワークが始まる。あなたは外側でワークしてきた。今度は内側でワークしなければならない。
 
 タントラにはふたつの局面、ふたつの段階がある。外側の、外向的なタントラ、そして内側の内向的なタントラ。最初はいつも外側からなされなければならない。その理由は、私たちがそこにいるから、私たちがいるその場所から始めて、それから内側に動かなければならないからだ。
 内側の男性と女性が出会い溶け合うとき、もはやあなたが内側で分かれていないとき、あなたはひとつ——統合され、結晶化したひとつ——になる。あなたは達成したのだ。これが光明を得るということだ。
 内側が外側より重要にならないかぎり、自分は不自然な生を生きているのだということを、深くあなたのハートに沈み込ませなさい。自然な人というのは、自分のなすすべてのことの源泉が内側にある人のことだ。外側はただの手段にすぎない。内側が目的だ。
 
 あなたが女性あるいは男性と持つ恋愛関係は、目的のための手段だ。目的は、あなたの内側の女性と男性が恋愛関係を持つことだ。外側は学ぶ場として使われなければならない。それはすばらしい機会だ。
 私は外側の恋愛関係に反対しているのではない。私はそれにまったく賛成だ。なぜなら、それなしではあなたはけっして内側に気づくようにならないからだ。だが、外側にひっかかってしまわないように、ということをおぼえておきなさい。
 
                                                                      The Book of Wisdomより抜粋