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OSHO Times The Other: Myself 聖者の嫉妬のトリック

聖者の嫉妬のトリック

 私の彼がほかの女性といるのを見ては嫉妬を感じています。ですがあなたに嫉妬を捨てるように言われて以来、私のエネルギーはより外側に向かっています……そして私は今、ほかの人びとに惹きつけられていくのが怖いのです。
 
 それになにも悪いことはない——それは嫉妬よりもましだ。それが嫉妬よりもましなのは、嫉妬より悪いものはなにもないからだ。嫉妬は最悪の毒だ。だからしたいことをなんでもしていいが、けっして嫉妬をしてはいけない。
 そしてこれは女性のトリックのひとつだ。女性はひとりの男性に集中し、また嫉妬することにのみ集中する。だから、私が嫉妬を捨てなさいと言ったとき、彼に集中することに意味がなくなったのだ。問題のすべては、あなたが嫉妬を楽しんでいたということ、そして嫉妬のために自分と相手に生み出された惨めさを楽しんでいたということだ。今やそうしても意味がない。あなたは大恋愛のなかにいた——あなたはそれを愛だと思っていた。だからこそあなたは嫉妬を感じていたのだ。
 
 私があなたに示そうとしているのは、嫉妬を感じるようなものは愛ではないということだ。だからあなたが嫉妬を捨てると、愛までも消えようとしている……。ただ起こっていることを見ていなさい。あなたはそこに嫉妬があるのは愛のせいだと考えていたし、彼は嫉妬が捨てられればあなたの愛は純粋になるだろうと考えていた。そして実際になにが起こるかを見てごらん——嫉妬を捨てたら愛が消えていく。つまり、あなたの愛はあなたの嫉妬の衣装、嫉妬するためのトリックにすぎなかったのだ。そしてあなたがほかの男性を見なかったのはそのためだった。というのは、あなたがほかの男性に目を向けたら、彼を攻めることができなくなるからだ。そうなったら、自分自身がそれをしている以上、あなたは「どうしてほかの女に目を向けるの……?」とは言えなくなる。女性はこのトリックを完璧に演じる。
 女性はほかの男性にはけっして目を向けないから、彼女の落ち度を見つけることはできない。どんな失点も見つけることはできない。あなたの彼には、「君だってほかの男を見てるじゃないか」とは言えない。だからあなたは彼を攻めることができる。彼があなたの手中にあるのは、彼がときにはほかの女性と話をしたり、笑ったりするからだ。だからあなたは彼を苦しめることができるし、また彼は疚しさを感じる。あなたは彼のなかにたいへんな罪の意識を創りだすことができる。
 
 このトリックはひじょうに古く、人間のなかのたくさんのものを破壊してきた。人を苦しめたければ、自分がまず聖者のようにならなければならない。そうして初めて人を苦しめることができる。聖者がほかの誰よりも人を苦しめるのはそのためだ。彼らがあまりにも善良なために、人にはどんな過ちも見つけられない。彼らの善良さそのものがこちらに罪の意識を創りだす。そして女性はひじょうに聖者のようにふるまってきた。女性は聖者のふりをしてきたが、その聖者のような様子の奥深くには、ひじょうに暴力的な、攻撃的な態度がある。私はあなたにそれを理解してほしかった。なぜならそれを理解することがこのすべてのナンセンスから抜け出ること、このあらゆる愚かしさを超えて行くことだからだ。私があなたに嫉妬を捨てなさいと言ったので、今や要点は失われた。そのゲームには意味がなくなった。それならなぜ彼ばかりを愛しつづけることがある? よそも見はじめたらいい。
 
 自分の内側でなにが起こっているのかを理解しようとしてごらん。こんなやり方では、あなたはけっして愛を見つけることはできない。あなたはほかの男性に執着して、その彼を苦しめはじめることだろう。男性を苦しめることになるか、または自分が流木のようになるかのいずれかだ。
 これはなにかだ——それを理解しようとしてごらん。女性は聖者のようになるか、あるいは売春婦になるかのどちらかだ……まるで中間の道はないかのようだ。そして、私の見るかぎり、このふたつは同じコインのふたつの側面だ。男性を愛したのなら、嫉妬を捨てて、それによって解放されたエネルギーをすべて愛のなかに注ぎなさい。というのは、嫉妬はひじょうにたくさんのエネルギーを吸い取るものだからだ——そのエネルギーを愛のなかに注ぎなさい。
 
 誰かに目を向けることがあなたに存在の深みを与えることはないだろう。私は彼に執着しなさいと言っているのではない。もし自分にもう愛はないと感じるのなら、終わりにしなさい。早く終わりにすればするだけ、そのほうがいい。どうして時間を無駄にすることがある? だがあなたはほかの誰とも同じことを繰り返すだろう。あなたは一生それを繰り返すこともできるし、いつも惨めさを感じることだろう。なぜなら愛が起こらないかぎり、深い親密性が起こらないかぎり、男性はけっして満たされないからだ。女性にとってはとくに、愛の避難場所が見つからないかぎり、男性を信頼することができないかぎり、そして男性が自分を信頼していることが感じられないかぎり、幸せを感じることは不可能だ。女性はきわめてひ弱だ——女性は誰か自分を支えてくれる者を、守ってくれる者を必要としている——女性は花のようなものだ。
 
 だから初めに、私はあなたに嫉妬を捨てるように言ったのだ。今度私は、あなたに第二のステップを告げる——彼をできるだけ深く愛しなさい。そしてあたりをうろつき回るのはやめなさい。これはひとつのチャンスだ。あなたはひとつのことをし終えた——仕事の半分を成し遂げた——あなたは嫉妬を捨てた。今度もしあなたが失敗したら、要点はすべて失われる。嫉妬といっしょに自分の愛まで捨ててしまったら、嫉妬を捨てたことはなんの役にも立たなかったことになる。
 だからこれからひと月の間もうひとつのことをやってごらん。これはあなたの人生にとって大いなる実験になるだろう。今度は嫉妬せずに、彼を愛しなさい。だからもうあたりをほっつき歩いて放浪者になるべきときではない。嫉妬は捨てられ、エネルギーはそこにあるのだ——今度はそれを愛に注ぎ込みなさい。そうすればひじょうに異なる質のなにかがあなたのなかに立ち上がってくるだろう。だから少なくともひと月の間、この世にほかの人間が存在することなどすっかり忘れて——ただ彼ひとりが存在していると思いなさい。あなたの愛を彼のなかに注ぎ込み、そして見なさい。というのは、愛を注ぎ込み始めたとたん、嫉妬がまたやってくるかもしれないからだ。それを見守らなければならない——それこそがなすべき仕事のすべてだ。愛は嫉妬を超えなければならない。嫉妬は捨てられなければならない。切り捨てなければならない——嫉妬から純粋な愛を生み出さなければならないのだ。
 だからふたつのことはひじように簡単にできる。彼を愛し、かつ嫉妬することはできるし、またその両方を捨てることもできる。それはふたつとも簡単で単純なことだ。どちらのやり方でも、あなたが成長することはない。私が強調しているのは、嫉妬を捨ててしかも愛しつづけることだ。少なくとも一か月間やってみてごらん。それをやってみてもなにひとつ失うものはないし、たくさんのものが得られるだろう。
 
 これは成長のための大いなるチャンスだ——愛は成長のための最大の状況をもたらす。あなたはひとつのことをひじょうに上手くやった——あなたは嫉妬を捨てようと試みた。だが今あなたはもうひとつの間違いに落ち込もうとしている。私の言うことがわかるかね?
 (男性に向かって)彼女を助けてあげなさい、ム? 彼女を手伝いなさい、というのも彼女が成し遂げたことは素晴らしいことだからだ。だが、嫉妬を捨てたらたちまち愛が消えはじめるのは自然なことだ。それはひとつのジレンマだ。
 だから彼女を助けて、嫉妬を取り戻すようなチャンスを与えないことだ。ほかの誰かの愛を求めるような機会を彼女に与えてはいけない。少なくともひと月の間、あなたの全面的な愛を彼女に与えなさい。このことはあなたたちふたりにとって意味のあること、ひじょうに意味の深いことでありうる。
 

 

 

Osho, A The Great Nothing