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Osho Osho On Topics 安楽死

安楽死

安楽死

  ある程度の年齢になり、すでに十分に生きて、不必要にだらだらと生き続けたくない時、あらゆる人が基本的な権利を与えられるべきだ。明日は再び単なる繰り返しで、彼は明日へのあらゆる好奇心を失ってしまった。彼には身体を去る十分な権利がある。それは彼の基本的な権利だ。
  それは彼の生だ。もし続けたくないなら、誰も止めるべきではない。それどころか、すべての病院が特別な病棟を持つべきだ。死を望む人びとがその1カ月前に入り、リラックスして、生涯やりたかったのにやれなかったすべてを楽しむことができる。音楽、文学……絵を描くこと、彫刻を彫ること……。
  そして医者は彼らに、いかにくつろげばいいのか、しっかりと教えるべきだ。これまで死はほとんど醜いものであり続けてきた。人は犠牲者であり続けてきたが、それは私たちの誤りだ。死を祝祭にすることができる。いかにそれをくつろいで、穏かに歓迎するか、あなたはただ学ばなければならない。そして1カ月の間、人びとが、友人が、彼らに会いに訪れ、集うことができる。すべての病院が特別な施設を持つべきだ――生きようとしている人びとのためよりもむしろ、死のうとしている人びとのための施設を。少なくとも1カ月間、彼らを皇帝のように生きさせるがいい。何の恨みも、何の不満も持たず、ただ深い感謝、ありがたく思う気持ちとともに、彼らが生を去ることができるように。