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Osho Osho On Topics ワイン

ワイン

 この生の喜び、その至福、そのエクスタシーは、自分のワインを外側からもらっていない人間のものだ———外側は夢と同じ材料でできた、じつに儚い、ほんの束の間のものだ。あなた自身のなかで成長するもうひとつのワインがある。あなたが内側に動きはじめた瞬間、自分を取り囲むすべての不幸を忘れるのに、ほかになにも必要なくなる。ほかにどんなドラッグも必要ない。西洋で何人かの白痴たちが、あるドラッグを「エクスタシー」と呼び始めた。これはもう完全に世界中のあらゆる法に反している。なぜなら、エクスタシーはもう何世紀にもわたって私の仲間たちの専売特許だからだ! しかもそれは外側のドラッグではなく、自分の命のジュースそのもののなかを流れている。1インチも動く必要などない。どこにいようと、ありとあらゆる至福に取り巻かれていられるのだ。しかもその至福の可能性は一時的なものではない。明日の朝になったら、二日酔いにならなければならないというのではない。飲めば飲むほど、もっとしらふに、もっと正気に、もっと油断なく、もっと意識的になるのだ。
 エクスタシーというとき、私は市場で手に入るドラッグを意味してはいない。私が意味しているエクスタシーとは、あなたが持って生まれてきたもの、いまだに自分のなかに持ったままで、触れたこともないもののことだ。それをほんのちょっとでも味わったら、外側のほかのものなどすべてたちまち無意味になってしまう。あなたは、無限のエクスタシーの源を自分のなかに持っているのだ。